孫正義の講演を聞きながら
開けましておめでとうございます。
どうぞ、本年もよろしくお願いします。
今、こんな動画を聞いています。
彼は熱い男だ。何が何でも成し遂げる。ということを本音で言っている男なんだと、感じる。
坂本龍馬が好きらしい。あのSOFTBANKのロゴマークも彼から来ているらしい。
彼は、高校一年一学期の16の頃、血を吐き入院している父を日本に置き渡米を決意した。
渡米先の高校を2週間で高校を卒業。3日間でその学年の教科書を読破。自分で校長先生に掛け合い飛び級したという天才だ。いや、尋常じゃない努力家なのだろう。左手に教科書、右手にフォーク。いつか、両手で両目で料理を見ながら、料理を食べたい。というのが彼の当時の夢だったらしい。
19歳の大学3年生の時に当時最先端のマイクロチップを初めて出会い、深い感銘を受けた。それは手足がしびれるくらいの衝撃だった。
そんななか、自分の一日の中に、5分間だけ自分に課した自由な時間(彼に対しては遊びの時間)は、
「発明することに5分間」
これで一年後に1000万稼ごうと彼は決めた。当時の通貨の価値を考えると、今の時代の通貨に換算すると、友人にもバカにされた。
そして、彼は一年間、250個の発明をした。
その内の一つが、世界初のポケットコンピューターを19歳の時に発明する。
当時の教授を自分の部下にし(自分で決めさせたらしい)特許が取れたら、その金額をしっかり払うと約束して。
その時人生50化年計画を立てた。
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20代で、名乗りを上げる。
30代で軍資金を貯める。その具資金は2000億、3000億
40代で兆を稼ぎ挑戦すること。
50代でライフプランを建てる。
60代で次の経営陣にバトンタッチをする。
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19歳に立てたこのライフプランは、今まで一度も変えていない。当時の彼は、お金はないけど、志ははっきりしていた。
大学卒業時にはいろんな教授が
アメリカにいた頃には企業。特許も取得し、1年半で1億7000万稼ぐ。日本のSHARPに売り込んだ。また、違う特許で1億5000万稼いだ。
学生時代起業した会社は売却。
ここからは自分の人生ついて。
彼は日本に帰ってきてこれからの人生を今後どのようにするか、一年半迷ったらしい。
自分に人生を、どこに費やし、どこの山に上登るのか。
「登りたい山を決める」これに1年半考え尽くした。何をなすために自分は生まれてきたのか。
そして、彼は40個、事業を考えた。
1:一緒をかけるのにふさわしいことはなんだろう。
2:役に立つこと
3:一番になれること
4:儲かること
5:継続して、好奇心を持ち続けられること
6:意欲を持ち続けられること
7:常に何か技術革新がある業界
そして彼はひとつの目標ができる。
「デジタル技術革命」
これを掲げ、彼はSOFTBANKを立ち上げる。当時はバイトを二人雇う。
30年後には豆腐屋のように一兆・二兆と数える企業に成る。こういう規模の会社にすることを目的に掲げ。
しかし、二人のバイトは退職。しかし、志は揺るがない。
そして、人生二発目の勝負に出る。
創業一ヶ月目にして、1000万の内、800万を使い展示会大阪のエレクトロニクスショーに出店、200万で雑誌を制作。
一週間後に電話が一本。上新電機からの連絡。一年後に30億円稼ぐことに成る。
そこから売買ゲームが始まる。週刊朝日で特集組まれてもてはやされる。
しかし、一年後の会社の健康診断で肝臓の悪いところが見つかり、3年間入退院の日々が始まる。困難にぶつかる。資金難、広告掲載拒否、仲間が去っていく、、、どん底の時代が始まった。
そして、健康を取り戻し、再度渡米。インターネットに出会う。
そこで、人生3枚目の挑戦。「上場」会社全体の価値が2000億しかし、3100億円を使い買収を決意。また全額使ってしまう。コムデックスとジフデイビスだ。
そのくらい彼にはインターネットは衝撃的であった。
「これからの時代、地図とコンパスが大事になる。」
そこで出会ったが、Yahooと出会う。そこでYahoo Japanをオープン。
インターネット・バブルが到来した際には一週間に自分の資産が1兆円増えていくことになる。ここで彼は物欲が無くなる。金銭感覚がちょっとおかしくなる。
ここで彼はやはり、「人に喜んでもらうことをしたい。お金以上に人に喜んでもらうことにしたい。」という気持ちになる。
その直後に、ネットバブルが崩壊。一年間でソフトバンクの株価が100分の1になる。ネット事業に携わっているだけで、世間は犯罪者扱い。そんな時代に到来した。
そのどん底の時に、もういい!もう最後の勝負行くぞ!と決心。すでに準備しかけていた大勝負。
「ブロードバンドに行くぞ。あのNTTに勝ってやる。」と決心。
当時、日本のインターネットは世界一遅いくせに、世界一高い。GDP2番のくせにだ。日本のインターネットユーザー全てのためにブロードバンドに力を入れるようになる。
ここで、彼は人生を掲げた「デジタル情報革命」に戻る。インターネットユーザーが全て喜ぶことをしてあげたい。
当時の役員は反対したらしい。早い安いはライバル業者も喜ぶことになる。
しかし彼は地位も名誉もいらないから、とにかく安くしろ。
名もいらない、金もいらない、地位も名誉もいらない。命ですらいらない。そんな男が一番厄介な男だ。西郷隆盛はかつてそういった。
そんな男は誰も勝てない。
そして、彼は革命を起こす。当時のNTTの8分の1の金額でブロードバンドを提供した。1晩で100万件の申し込みが殺到した。しかし、そこまでの予測はしていなかったため、100万人の人々を待たせることに成る。
独占しているNTTを開放してくれ。と総務省に乗り込み、直談判をする。そして総務省にNTTの社長に電話をさせる。
「ただひとつ。NTTの社長にフェアしろ」と。伝えてもらった。
続く。。。